更に一月余りが経過した。

戦況は改善の兆しを一向に見せず、それ所か悪化の一途を辿っていた。

六『臨界点』

欧州ではベルギー・オランダ・デンマーク・スイス・オーストリア・ポーランド全土は完全に『六王権』軍の手に落ち、つい半月前に侵攻を受け始めたフランス・チェコ・スロバキア・ハンガリー・スロベニア、十日程前に侵攻を受けた北欧スカンジナビア半島、これらの地域は既に半分以上、死者の領域と化している。

辛うじてイタリア、イギリスは侵攻の手から逃れていたがそれも何時までもつか全く不明だった。

ここに来て侵攻の範囲は広がりを見せ、各国が『六王権』軍の本格的な侵攻を受け始め、今欧州に『六王権』軍の影響を受けていない国など皆無と言う状況だった。

もはやその勢いを止める事は極めて困難に思われた。

何しろ『六王権』軍の戦力の補充の伝は何処にでもある。

迎撃してきた軍でも逃げ惑う避難民でも、何でも構わない。

それを捕えればほぼ全てが死者となりその死者が『六王権』軍の新たな兵士となり更に勢力を拡大させる。

おまけに補給も全く不要であるし、休養も必要ない。

死者を文字通り牛馬の如く酷使し、動けなくなれば他の死者の餌にするだけだった。

この『六王権』軍の侵攻にも頭を悩ましている所に、人間同士の争いにも深刻な事態が生じていた。

欧州のほとんどは先進国、戦争難民など半世紀以上前の第二次世界大戦以来体験した事もない。

しかも今回は戦争の質が違う。

相手は国際法など通用する相手ではない。

非戦闘員しかいない難民キャンプにすら容赦の無い攻撃を仕掛ける。

現にいくつもの難民キャンプが既に『六王権』軍の手により全滅する事態すら起きていた。

それに対する恐怖、更に慣れない難民生活に対するストレスが徐々に溜まり始め、些細な事による喧嘩など日常茶飯事。

更にそれはエスカレートし集団暴行や、食料品など生活物資の奪い合いに端を発した殺人が頻発し秩序維持すら困難な状況だった。

それを鎮圧する為の軍や警察は『六王権』軍に当たる為向かうに向かわせる事も出来ず、難民キャンプはもはや無法地帯と化していた。

その進行速度の速さ故に止む無く欧州連合の残存部隊はフランスカレーと、イギリスドーヴァーを結ぶユーロトンネルを爆破したほどだった。

この事態にアメリカなどの多国籍軍は即刻大規模な部隊を欧州各地に派遣を試みたもののほぼ壊滅、いや、全滅の憂き目を見た。

当然である。

未だ敵をテロリストなどと勘違いして対人間用の武器しか用意していない軍が死者ならばまだしもその上位の死徒に敵う道理など無い。

いたずらに人命を減らし、『六王権』軍の規模を増やすだけだった。

地上部隊上陸が不可能と見るや今度は高高度からの爆撃を連日慣行するようになった。

最初こそ、その試みは成功した。

次々と死者を吹き飛ばし『六王権』軍の侵攻を一時であるが停滞させる事に成功した。

しかし、それも一時的なものでしかなかった。

日を追う毎に未帰還機が急増したのだ。

その元凶は十六位、グランスルグ・ブラックモア率いる『六王権』軍空中遊撃軍だった。

爆撃機を使用しての攻撃の知らせを聞くや否や『六王権』は即座にブラックモアに対して指揮下の眷属達に爆撃機攻撃を要請。

ブラックモアはその要請を受け即座に配下の死者・・・有翼鳥頭の怪物達に爆撃機迎撃の厳命を下す。

主の命を受けて攻撃を開始した怪物達は、集団で爆撃機を囲み、ハッチをこじ開けて次々と中に侵入し乗務員を干乾びた死体か自分達の仲間に変えていく。

あまりの被害の短期間の激増に空爆も困難となり空爆は中止に追い込まれた。

こうして欧州は陸海空全てにおいて『六王権』軍の蹂躙に抵抗も出来ずに晒され、完全に手も足も出せない状況となった。

事態がここまで深刻の度合いを増すに連れて魔術協会も神秘の隠匿など言っている暇も余力もなくなった。

聖歌隊『クロンの大隊』を中核とした戦闘部隊を編成して、イギリスにその戦力を集結、迎撃態勢を取り始め、英仏海峡は緊迫の度合いを増していった。

戦線がこうして欧州全域に到達した今となっては全世界に不安と言う名の暗雲が立ち込め始めようとしていた。

だが、それでも欧州以外では一応の治安は保たれ、表向きは平穏な日常を過ごしていた。

何故か?それは魔術協会が国連などを通じ『六王権』は凶悪なテロリスト、死者や死徒はそのテロリストがばら撒いたウィルスに侵され、生きる死体と化した化物、そしてそのウィルスは空気感染では決して感染しないと真実に若干の脚色を加えた偽情報を公表した為である。

俗世に感心を持たない魔術協会が俗世界の国家の連合体とも言える国連と繋がっていると言うのは不思議に思う者もいるであろうが、その答えは歴史を紐解けば解る。

歴史上いかなる国家も宗教等のオカルト組織と繋がりは存在していた。

古代エジプトや中国が良い例だろう。

宗教が平然と国の政治に介入し、時として滅亡に追いやった事すらもあった。

太古から宗教に代表されるオカルト組織と国家は密接に繋がっていた。

それが最も完成されたのが中世ヨーロッパであろう。

法王の力は時の王をも屈服させ、聖戦の名目の元、信仰する宗教が違うという理由だけで惨い虐殺をも容認してきた。

その様な、表の国家としての力と裏のオカルトの代名詞とも呼べる魔術が今でも繋がっていても決して不思議ではない。

その偽情報を流す事により、一般民衆に今回の事が死徒や死者と言った吸血鬼の存在を隠していた。

もし真実がわかれば全世界で大パニックが起こっていたかも知れない。

いや、もしかしたら真実を知っても混乱は起こらなかった可能性もある。

と言うのも現在、科学技術はかつてとは比べ物にならない程高まり、時として魔術と科学技術が混合されてしまう事もある。

現に遺伝子操作を行った事による生物兵器やウィルス兵器と言う単語が何の疑問なく飛び交う時代である。

吸血鬼の存在が生物兵器の一言で片付けられる可能性もあった。

その心理を協会などは上手く利用した。

無論それに対する疑問、疑惑は随所から沸き起こっているが、そう言った疑問を悉く『論ずるに値せぬ』、『この非常時に不謹慎だ』等として黙殺している。

だが、それも何時までごまかせられるのか・・・極めて悲観的な意見が大勢を占めていたのも事実であるが、それでも国連の機関によって発表された事で、市民は一定の落ち着きを取り戻した事もまた事実であった。

こうして刻一刻と状況は悪化し、『六王権』軍は勢力を強めていく中、志貴達はあいも変わらず阻害された状態で戦線に入る事すら出来ない状態が続いていた・・・









そんなある日、『七星館』に珍しい来客があった。

「志貴元気してる?」

「お邪魔するわね坊や」

「先生、それとメディアさん、ご無沙汰しています」

志貴は連絡無しに訪れた青子、そして魔術師の服を着たメディアを驚く事もせず丁重に客間に案内する。

「どうぞ」

そう言って二人分の麦茶を差し出す。

「で、先生、どうされたんですか急に?」

「私は宗一郎様のお迎えに来たのよ」

ここで話は前後するが『聖杯戦争』終戦後、宗一郎は黄理と再会し彼の指導の下、八点衝を除く『閃の七技』を習得する為、定期的にこの地を訪れていた。

理由をと何気なしに志貴と士郎が尋ねた所、宗一郎曰く『興味があった為』、黄理曰く『俺の一方通行とは言え一応約束したからな』と事だった。

「ええ、一応良い報告と滅茶苦茶悪い知らせを持ってきたのよ。で旦那の迎えに行こうとしていたメディアと一緒に来たって訳」

「そうなんですか・・・では良い報告から」

「そう?まあここにメディアがいる時点で判ると思うけど、彼女私の使い魔として契約したって協会に報告を入れておいたわ。向こうも一応認知したわ。まあ連中は自分達の手駒として欲しがっていたけど、軽く脅しいれたら諦めたわ」

「ええ、それに私からも、ちょっかい入れるようだったら焦土にしてやるって釘をさしておいたわ」

青子とメディアは腹黒い笑みで笑い合う。

「は、あははは・・・本当に召還していたら呼び出せたかもしれませんね、先生」

怖い笑みにさしもの志貴も引き攣った笑みで引く。

リィゾ、フィナ、プライミッツ・マーダーも傷は完全に癒え、『タタリ』討伐後、バゼットがセタンタを使い魔として呼び出したと報告を入れた事により、ようやくこちらも手持ちの戦力を全て使う事が出来る。

「で、悪い報告だけど・・・『六王権』軍が英仏海峡にまで至ったわ」

「じゃあ・・・フランスは・・・」

「全土陥落よ。生き残りの難民とかはスペイン・ポルトガルに脱出したけどそれを追う様に『六王権』軍もピレネーを越え始めてるわ」

「予想を遥かに上回る速度ですね」

「ええ、おまけに北欧スカンジナビア半島、更に中欧諸国も完全に陥落したわ。『彷徨海』も『ネロ・カオス』の手によって壊滅。欧州で健在なのはイギリス、イタリア、ギリシア、バルカン半島の諸国位のもの、でもそれも限界でしょうね。ピレネー越えを始めた時点から健在な諸国に攻撃を開始しているから」

「ではイタリアとイギリスにも?」

「そこはまだ。でも時間の問題ね、老師やコーバックも必死に志貴達の戦線加入を求めているわ。だけど両方とも・・・上が相も変わらず暖簾に腕押し。ここまで石頭だとは思わなかったわ」

そう言って心底疲れた様に溜息をつく。

「ですが先生・・・」

「ええこのままだと欧州は『六王権』軍の完全な支配化に入ってしまう。最悪志貴達を向こうの許可なしで投入しないとならなくなるわね」

その語尾に重なる様に電話のベルが鳴り響く。

暫くするとさつきが受話器を手に入ってくる。

「志貴君エレイシア先生から電話だよ」

「姉さんから?判った」

さつきから受話器を受け取った。









志貴の元に青子が訪れるよりも少し前、衛宮邸ではゼルレッチが突如士郎の下を訪れた。

「士郎」

「師匠?どうされたんですか一体」

やって来るなり居間にどっかりと座りこんだゼルレッチはおもむろに口を開いた。

「ああ実は英霊達が受肉同然の状態で現界している現状についてだが・・・理由がようやく判明した」

「理由が?」

「やはり『大聖杯』崩壊がきっかけだった」

「と言いますと?」

士郎はひとまずゼルレッチに茶を差し出し対面する形で腰を下ろす。

「うむ、私やコーバックは英霊達が大聖杯の欠片を体内に取り込んだことにより小規模であるが座への入り口が体内に発生し受肉同然となったとばかり思っていたのだが・・・」

「違うのですか?」

「それだと腑に落ちぬ事がある。何故英霊だけなのかと言う事だ」

「え?」

「考えてもみよ士郎、『大聖杯』崩壊の時にはお前を始めとしてマスターもいたはず」

「はい、俺に凛や桜、イリヤもいましたし、葛木先生も」

「何故お前達には何も異常をきたしていない?」

そうゼルレッチに指摘されて士郎は、初めて気付いた。

確かに、『大聖杯』崩壊後、士郎はコーバックに診察を受けたが、その時は大聖杯攻防戦時の魔術回路の疲弊こそあったが、特に異常は見られず、他のメンバーも異変は何も起こっていない。

「では師匠何が・・・」

「ああ、先日『大聖杯』跡地に向かった時に空間に微細な穴を発見した」

「穴?」

「ああ、調べてみた所その穴は座にまで繋がっている事が判った」

「座にまで?」

「士郎お主も判っている事であるが、通常世界に汲み上げられ英霊となった者達は自身の能力をコピーした分身を様々な世界や時代に送り込む」

「はい、それは・・・まさか師匠・・・」

意味深なゼルレッチの言葉を聞き、士郎は一瞬脳裏に浮かんだ考えを打ち消した。

しかし、ゼルレッチの言葉はそのまさかを言い当てていた。

「そのまさかだ。確かに繋がっていた・・・今現界している英霊は座にいる本体と」

それは繋がりが『大聖杯』を介していたのが本体に直接繋がったと言う事。

沈黙が二人を包み込む。

「ですが・・・座から本体が来れば世界から何らかの修正ないし干渉が来る筈、それがないのは・・・」

「本体そのものであるが、今現界しているのはいわば末端、本体の何パーセントと言う存在だ。それは『聖杯戦争』でサーヴァントとして呼び出された時とさほど変っていない。それ故に世界も目を瞑っているのだろう」

「それに・・・アルトリアは?彼女は特殊な例です」

『聖杯戦争』後、士郎はアルトリアから聖杯を得る為に世界と契約を結んだ為、座にはおらずアーサー王最後の戦いの地であるカムランの丘から英霊として、ありとあらゆる時代に送られていると聞いている。

「アーサー王も存在していた。おそらく彼女の中にある聖杯のこだわりが消えた為に、座へと招聘されたのだろう」

一息ついてゼルレッチは言葉を繋ぐ。

「この穴はあまりにも微細なものである為、協会の観測は受けなかった。だが、あそこで英霊縁の触媒を使えばおそらく英霊を呼び出せる。先端であるが本体の英霊を」

そこまで言ってから一息ついてからゼルレッチは士郎の表情を伺う。

ゼルレッチですら今の士郎の表情を読み取る事はできなかった。

意識しての事なのか、無意識なのか、その表情には驚きも憤りも喜びも何もかもが欠如していた。

「師匠・・・何が言いたいのですか?」

「私の言いたい事はわかるだろう?」

「おおよそは。ですが・・・それを行えば事後処理がかなり厄介な事になりますよ」

眼前の大事に眼を向け過ぎて終わった後の後始末をおろそかにしかねないと暗に意見する。

「お前の意見にも一理ある。だが、それを言っている状況ではなくなった。これは最新の情報だが、『六王権』軍がフランスを完全に落とした」

「!!」

「そして間髪を入れず、ピレネー山脈を越えイベリア半島に侵攻を開始した。更に北欧スカンジナビア半島が陥落し、『彷徨海』が第十位ネロ・カオスの手により壊滅したと言う。そして『六王権』軍北方部隊と東方部隊がロシア首都モスクワ近郊で間も無く合流するということだ。南方に至ってはイタリアこそ未だ健在だが、完全にアルプス山脈以北は押さえられ教会は情報漏れを懸念して動かない事もあるが、イタリアに封じ込まれた。既にバルカン半島が落ち、未確認情報だが、トルコへの侵攻も間近と言う。また海上においては『六王権』軍の海軍がバルト海から北海、ノルウェー海を始めとする北大西洋に進出した」

「そこまで・・・」

「このままではイギリス侵攻も時間の問題、そればかりかアフリカ、中東、ロシアへと戦火は広がり、ユーラシア大陸、ひいては全世界規模にまで広がるぞ。海すらも奴らは己が領域としているのだから」

「・・・」

深刻な戦況を改めて聞かされて士郎は沈黙で応じる。

「考えさせて下さい・・・少しだけ」

「判った。だが時間はあまりないぞ」

それだけ言うとゼルレッチは静かにこの場を後にした。









「・・・・・・」

暫くして士郎は自室で一つの小箱を取り出していた。

押入れの奥にひっそりと置かれたそれを数年ぶりに日のあたる場所へ取り出すと開けるでもなく、投げ捨てるでもなく、微動だにせずただ見る。

「?ご主人様どうしたのよ?」

「ああ・・・レイか」

レイが姿を現しても士郎は視線を上げる事もなく、感情のない表情を小箱に向け続ける。

その様にレイは溜息をついてその場を後にする。

「駄目ね。ご主人様、何があったのか知らないけど微動だにしないわ」

居間に戻って、桜達に報告する。

「先輩どうしたのでしょうか?」

「さあ・・・」

そう首をかしげた時、電話の呼び出し音が鳴り響いた。









微動だにせずただ小箱を眺める士郎の耳に聞き慣れた音が聞こえる。

志貴との連絡に使う携帯電話だ。

「?・・・どうしたんだ志貴の奴」

スイッチを押す。

「もしもし」

『士郎、やばい。今エレイシア姉さんから連絡があった』

「エレイシアさんから?」

『・・・『六王権』軍が遂にイタリアに侵攻を開始した。怒涛の勢いで南下を続けている』

「!!何だって!」

『既に北部に駐屯していた教会の部隊は大打撃を受けて後退を続けている。今はピサ〜フィレンツェ〜サンマリノに防衛ラインを構築して辛うじて侵攻を防いでいるが、それもどこまで持つか極めて微妙だそうだ。士郎・・・俺はもう限界だ。相手がどう言おうと関係ない。俺はアルクェイド達を連れてこれからイタリアに飛ぶ』

「そうだな・・・これまで相手に配慮してきたがもう無理だな。俺もそっちに向かう」

『ああ、バゼットとセタンタも連れてきてくれるか?』

「わかったすぐに・・・」

その時、桜の士郎を呼ぶ声が木霊した。

「先輩!!大変です!姉さんから電話が!」

「!志貴ちょっと待ってろ!!凛からも連絡が来た!!」









「もしもし!」

『ああ、士郎?』

電話のスピーカーをオンにしたので凛のやや疲れたような声が響く。

「どうした?大分参ってるのか?お前らしくも無い」

『あはは、そうかもね・・・』

士郎の皮肉とも激励とも取れかねない言葉に力ない言葉で返す凛。

これだけで向こうでも何か一刻の猶予もない事態が起こっている事を悟る。

「どうしたんだ?一体・・・」

『・・・うん、『六王権』軍がドーヴァーを越えたわ』

「何だと!」

その言葉に全員が戦慄した。

「どうやって・・・『六王権』軍の海軍か?」

『ええ、何時の間にかイギリス近海まで勢力を伸ばしていた上にイギリス海軍の軍艦まで手中に収めていたみたい』

「ちっ・・・それを使って民間人の避難船だと偽った『六王権』軍の船を招き入れたな」

『そうみたい。でも『クロンの大隊』が発見していち早く交戦したおかげで、そっちの侵入は最小限に食い止めたみたいだったけど・・・連中おまけに別働隊まで動いていたのよ』

「別働隊?どう言う事だよ?」

『・・・ほとんどの『六王権』軍はドーヴァーを真正面から横断にかかったのありとあらゆる船を使って・・・死体を繋いで船にまでして』

「し、死体・・・」

凛の言葉に居間に静寂が訪れる。

桜の声だけが響く中他の面々は嫌悪に顔を歪める者、蒼ざめる者等様々だが、好意的なものなど一つも存在しなかった。

「それでイギリス軍は?まさか手を拱いていた訳じゃ」

『勿論イギリス空軍が総動員で攻撃を仕掛けたけど、『六王権』軍の空軍とも戦闘が起こった所為でかなりの数が上陸したわ』

「・・・で、『六王権』軍は何時ドーヴァーを突破したんだ?」

『六時間前らしいわ。すぐに私達にも情報が来たんだけど、混戦状態で今まで繋がらなかったの』

「で、そっちの状況は?」

『大パニックよ。皆ひたすら逃げようとしているわ。軍も少しは『六王権』軍を食い止めているけどそれも限界ね。ロンドン侵攻も時間の問題ね』

「・・・凛、今ロンドンの防衛部隊は?」

『ロード・エルメロイU世が中心になって部隊を編成しているわ。エリートを自称するおぼっちゃま達はお偉方と一緒にとっとと逃げたから逆に編成しやすくなってる。戦闘専門の奴らばっかりだから』

「まさかと思うが・・・お前も?」

『うん、まだロンドンに残ってる』

その残忍な宣告に桜が絶叫を上げる。

「姉さん!直ぐに逃げてください!」

『大丈夫よ桜。アルトリアも残っているし、『クロンの大隊』も健在よ。『六王権』軍がどれだけ来ても物の数じゃないわ』

「凛・・・自分も騙せない嘘は人を不愉快にさせる・・・」

『??士郎』

「蒼崎師の言葉さ。自信家のお前がそこまで弱気になっている事態だって言うのに俺達に楽観論を押し付けても信じる筈ないだろ!」

『・・・ごめん士郎』

「謝る必要はないさ。俺が勝手に熱くなっただけだからな・・・もう限界だ。今まで協会との軋轢をなるべく避けてきたが、この事態を静観していられるほど冷血漢じゃない。これから援軍を呼んでそっちに向かう」

『へっ?士郎呼ぶって・・・』

「詳しく説明している時間も無い。これから直ぐに呼ばなくちゃならないからな。安心しろ。掛け値無しの心強い援軍だから」

そこまで言って初めて士郎は笑みを浮かべた。

『う、うん・・・』

ここまで自信に満ちた声を聞き、凛は渋々ながら頷き電話を切った。

「シロウ、援軍ってどういう事?」

イリヤの問い掛けに軽く笑みを浮かべただけで何も言う事はなかった。

未だ繋がったままの携帯と会話を再開する。

「志貴、聞いての通りだ。俺はイギリスに向かう」

『判った。俺はイタリアに向かう。で、士郎、お前が虚言を言うとは思えない。心辺りはあるんだな』

志貴もイリヤや凛と同じ質問をしてくる。

「ある。これから直ぐに呼ばないとならないから。それとセタンタとバゼットは・・・」

『仕方ないさ。俺はアルクェイド達とレン、それに先生とメディアさん、それに彼女の旦那を連れて行く。現地でリィゾさん達とも合流する予定だ。お前はお前で最大限の戦力を連れて行ってくれ』

「判った。志貴・・・武運を」

『ああ、お前も・・・武運を』

会話は終わった。

そう待つだけの時は終わった。

今は・・・戦う時だった。









イタリア・・・本物の夜の中、虚ろな眼光に生への未練を滲ませて、自分ではない他人の血や贓物で汚れきった口からは未だ生き残る生者への羨望と怨恨に満ち溢れた声を溢れさせ、ゆったりとだが、確実な足取りで南へ南へと進軍を続ける異形であるにも拘らず、人の姿をした死者の群。

既に急ごしらえの防衛ラインは突破され逃げ遅れた人々を飲み込み南へ南へイタリア半島の最果てまで攻め込まんばかりに突き進む。

道があろうと無かろうと構う事無く、その先が断崖絶壁だろうと川であろうと、ただ突き進む。

そんな死者に人々は立ち向かう事も出来ずただ逃げ惑うだけであった・・・今までは。

音もなく、着物を完璧に着付けた双子姉妹が死者の群れに相対する。

「すごい大軍ね。姉さん」

「そうですね〜でもこれは倒しがいあるかな?翡翠ちゃん」

「もう、駄目だよ姉さん。一撃離脱のヒット・アンド・アウェイで少しでも減らす。志貴ちゃんの基本方針でしょ?」

「わかってますよ〜翡翠ちゃん」

朗らかな笑顔で妹の小言に頷く琥珀。

本当かなと疑わしき視線を向ける翡翠。

一歩間違えれば自分達も死者の仲間入りは確実だと言うにその表情に悲壮感や恐怖は微塵も存在していない。

「始めようか?翡翠ちゃん」

「うん、姉さん」

その言葉と同時に自身の体に霊力を漲らせその手に現れた居合刀と忍者刀を構える。

―居閃・烏羽―

―二閃・鎌鼬―

音もなく、密集していた死者が胴斬りにバラバラに解体される。

同時にあちこちで戦闘が開始されていた。

「このぉ!!」

秋葉の『檻髪』が死者を略奪し、

「全部枯れちゃえ!!」

さつきの『枯渇庭園』が無数の死者を枯れ果てさせ、

「バレルレプリカ・・・フルトランス!!」

シオンの号令と共に大砲と見間違う一撃が何発も打ち込まれ吹き飛ばされて行き、死者を引き千切り、

「・・・!!」

レンの生み出した氷柱は確実に死者の息の根を止め、

「はあぁ!!」

「てりゃああ!!」

アルクェイド・アルトルージュの腕の一振りで死者は根こそぎ刈り取られていく。

更に秋葉、さつき、シオン、レンの護衛としてつき従うのは明王の化身。

―我流・八点大蛇―

次々と繰り出される鋼鉄の拳が無慈悲に亡者を正しい死体に還して行く。

だが、攻撃は地上だけではない。

「砲撃開始」

上空からはフィナの指揮する『幽霊船団』が次々と砲弾の雨を降らせ、それに同乗している青子が

「はいはいっと」

雨霰と降り注ぐ魔力弾に死者は次々と木っ端微塵となる。

そして、その隣でマントを翼の如く広げ浮遊するメディアの神言詠唱によって紡がれた魔力が雷の如く地面に降り注ぎ敵を蒸発していく。

「おおおおお!!」

更に爆発の間隙を縫う様に駆け抜ける、リィゾの持つ魔剣は一振りで十体以上の死者も死徒も何の区別無く切り捨てる。

そして止めとばかりに

「・・・斬刑に処す」

―閃鞘・八点衝―

死者の群れのど真ん中に現れた志貴は、近寄る死者を虱潰しに点の一突きで始末を付ける。

それでも掻い潜る死者もいたがそれも無駄だった。

志貴の傍に守護神の如く存在するプライミッツ・マーダーがその一睨みだけで死者を死体に返す。

「よし、皆いったん後退。止めを刺す」

志貴の連絡に全員身を翻し逃げ始める。

「逃がすな!!真祖の姫や死徒の姫もいるが他の人間を狙え!!この数ならば抗いきれん!!」

前線の指揮官と思われる死徒の号令の下、数の論理に任せて逃走を開始する『七夫人』を追い始める。

だが、その前に一振りの長槍を構える志貴が立ち塞がっていた。

「来たか・・・」

その手に握られる『豪槍・青竜』を地面に突き立てる。

―竜脈獄―

発動と同時に大地が陥没と隆起を繰り返し次々と『六王権』軍を巻き込んでいく。

なまじ密集していた為逃れる術は無かった。

「!!あああああああああああ!!」

最後まで逃げおおそうとした死徒も絶叫と共に、地面に飲み込まれ押し潰され、大地の礎となる。

すべてが終わった時には死者や死徒がいる形跡など何処にも存在しなかった。

「すごーーーい!」

「いつも見ても理不尽な威力ね」

アルクェイドとアルトルージュの歓声の中志貴は振り向く。

「さて、一旦姉さん達と合流するか」









「なに?先発部隊が全滅?」

一方、報告を受けた『六王権』軍南侵軍司令官『炎師』と『風師』は顔を見合わせる。

「教会の本拠地だからな。そうも上手くは良くまい」

『炎師』が一応意見を述べる。

「まっそうだな」

それに『風師』も当然の様に応じる。

その返答に『炎師』は内心胸を撫で下ろす。

一瞬この僚友が激昂して最前線に出ると言い出したらどうするかと思ったからだ。

「しかし、今まで無様に逃げ惑っていた教会がここに来て強気になった理由は思いつくか?」

「考えられるとすれば『埋葬機関』を本格的に前線に押し出してきたと言う所か?」

「そうだとすると、この被害のでかさは納得いかねえ。ざっと見て数万か?その先発部隊があっと言う間に全滅だぜ」

「正確には五万と三百八十体の死者と百体程の下級死徒だがな・・・確かにお前の言うとおり、これだけの部隊が十人にも満たない『埋葬機関』の手で全滅など考えにくい」

「そうなるとどっかからか援軍が来たって事か?」

「それが妥当だろう」

二人の脳裏に上げた有力な犯人は二人。

一人は主君が最も警戒する死の瞳を持ち幻獣王を越える幻想種『聖獣』を従える『真なる死神』。

そしてもう一人は『影』が異常なほどの関心と執着を見せる、限りなく本物に近い贋作の宝具を創り出す魔術使い『錬剣師』。

「しっかし・・・分けるの少し早すぎたかもな」

不意にこぼれた『風師』の愚痴に不承不承ながら『炎師』も頷く。

『炎師』直属の部下十四位ヴァン・フェムは現在『風師』直属の部下十八位エンハウンス共にバルカン半島更には東欧ルーマニア・ブルガリア侵攻の任に就いていた。

既にここより北の一帯は東侵軍、北侵軍の手で陥落している。

もはや欧州から全世界に向けて軍を動かす為の主な障害はもはや、イギリスの『時計塔』、そしてバチカンの『聖堂教会』のみだった。

本来は南侵軍の総力を持ってイタリア半島攻略に当たるべき事なのだが、そこにイタリア半島の地理上の特性が邪魔となった。

地図を見れば・・・いや、見なくても判るだろうがイタリア半島は一見するとロングブーツの様に地中海に向けて伸びる。

その地形ゆえに全戦力を狭い半島に一挙に注ぎ込む事はできず、少数精鋭での侵攻か戦力の逐次投入しか手はないのだが、それを二人は前者を選び後者を事の他嫌った。

既に『六王権』軍の総兵力は進軍の度に迎撃する兵士、逃げ惑う民衆、男女の区別も貧富の差も老若男女関係なく死者に変えて吸収し数億に達し、南侵軍ですら数千万に膨れ上がっていた。

南侵軍全てをイタリア半島に差し向けるのは不可能だと判断した『炎師』と『風師』はヴァン・フェム、エンハウンスに六割近い戦力を預けバルカン半島方面の侵攻を行わせる事にしていた。

今回はこれが裏目に出たようだった。

「とにかくこれは陛下に報告し、指示を仰ぐべきだろうな」

「ああ、『真なる死神』か『錬剣師』のどちらか、若しくは両方出張ってきたとなるとこれまでの様にはいかねえだろうな」

「ああ確実にな」

頷き合い『ダブルフェイス』起動を配下に命じた。

 

一方・・・バチカンでは『六王権』軍の先発部隊を完膚なきまでに叩き潰した志貴達に対して、代行者達は極めて冷たい視線を浴びせ掛けていた。

無理も無い。

何しろよりにもよって、自分達が目の敵としている輩の手に助けられたのだ。

そこに敵意や屈辱感はあっても感謝など微塵も無い。

「志貴ちゃん、私達嫌われてるね・・・」

「まあ無理も無いさ。俺は向こう曰く悪魔を従えているし、アルクェイドは真祖、アルトルージュ、リィゾさん、フィナさん、プライミッツは二十七祖、それに混血の秋葉に夢魔のレンまでいるんだ。これだけ揃って目の敵としないほうがおかしいさ」

翡翠のひそひそ声に、同じ位小さい声で答えながら溜息をつく志貴。

そこに、

「我々に援軍とは・・・どういった風の吹き回しかな?『真なる死神』よ」

そこに皮肉げな口調で現れたのは司教と思われる壮年の男。

「今は真祖だの死徒だの代行者だのは関係ない。『六王権』に対する共同戦線こそが第一だと思ったから掛け付けただけだが」

相手の皮肉に真っ向から返答する志貴。

「それにここには家族同然の人もいるからな。それを見捨てられる訳もないし」

「だ、だが、我々は」

「そこまでにしておいたらどうかな?」

男の声を遮るように涼やかな女の声が響く。

「うわっ出た」

その声の主を見た瞬間青子が露骨に嫌悪の表情を見せる。

声の主・・・エレイシアを始めとする埋葬機関員を引き連れたナルバレックが志貴達と男を交互に見やる。

「無念極まりないが今の我々の戦力では『六王権』軍に対する反攻を仕掛けるどころかイタリアの防衛すらままならぬのが現状ではないのか?」

「だ、だが」

「では司教には名案がお有りなのかな?『真なる死神』らの援軍を受ける事無く我らの現戦力だけで『六王権』軍を退ける妙案が?」

「・・・・・・」

その質問に対する答えは無言だった。

既に億単位にまでその勢いを増している『六王権』軍を自分達だけで退けるなど無論だが不可能だった。

「ならば今は次善の策が相応しいであろう。我々だけで無理ならば少なくとも敵ではない者の力も借りるのが」

その台詞で勝負あったようだった。

完全に沈黙した男には一瞥もせずナルバレックは次に志貴に視線を向ける。

その時志貴はふと違和感を覚えた。

その顔立ちも自分に向ける無感情かつ冷徹な視線、全て何も変わらないと言うのにどこか・・・言葉では説明できないが何か違った。

そんな志貴を他所に、

「さて、『真なる死神』よ。少なくとも今は『六王権』軍に対して貴様達と我々は共闘体勢を組むと言う事で間違いは無いかな?」

いつもと変わらない冷淡な口調で本題を切り出す。

「ああ、俺達も今は戦力が少しでも欲しいからな」

それに対して志貴もまた『真なる死神』として接する。

「ほう、一騎万殺と言える『真なる死神』が弱気な台詞を」

「弱気にもなるだろう。今の『六王権』軍の戦力はどれだけの量になっていると思う?今まで侵攻を受けた国から脱出した人々の数は恐ろしく少ないと聞いたぞ」

それは事実である。

「確かにな・・・一先ずお前達の援軍については歓迎する。部屋は用意させるシエル、メレム案内しておけ」

そう言って志貴達に背を向けてナルバレックは立ち去った。

それについて行く他の機関員や他の司教達。

そして残されたのは志貴達一行とエレイシア、そしてメレム。

「志貴君、申し訳ありませんでした」

「別にいいですよ姉さん。俺達が歓迎される筈なんてないんですから」

申し訳なさそうに謝罪するエレイシアに志貴は苦笑して手を振る。

その後ろでは、

「姫様〜」

「ちょっと!メレム!あんまり引っ付かないで!志貴に誤解されたらどうする気よ!」

「そんなつれないですよ〜」

「安心して良いわよアルクちゃん、その時は私が誠心誠意メレムにお仕置きしちゃうから」

「ひぃ!!どうして黒の姫様もいるの!!」

「貴様!!姫様になんと無礼な!!」

どうやらメレムを引き金として騒ぎが起こっているらしい。

「はぁ〜全くメレムも・・・」

「ははは・・・それはそうと姉さん、あの人の事ですけど・・・何かありましたか?」

「どうしてそう思うんですか?志貴君」

「いや、なんかあの人の雰因気というか・・・空気と言えば良いのか解りませんが、少し柔らかく感じたので」

「流石ですね。実を言いますと・・・これは埋葬機関の最重要極秘機密なんですが・・・」

殊更に声を潜めるエレイシア、それに聞き耳を立てる一堂。

「ナルバレックが・・・今年初め出産したんです、男の子を

「・・・え?・・・」

あまりの事に志貴が呆然とした声を発する。

だが、その後ろで

「「「「「ええーーーーーーーーっ(なにぃぃぃぃ)!!」」」」」

彼女の事を良く知るものから悲鳴にも似た絶叫が木霊した。

「ちょっと!エレイシアそれ本当!!」

「エイプリルフールは当の昔に終わっているわよ!!」

「あの陰険おばんが子供産んだの!!」

かなりひどい事を言っている。

「まあ信じられないのも当然ですが事実です。これが証拠です」

そう言うとカソックの懐から一枚の写真を差し出す。

そこには赤子を胸に抱き、優しげに微笑むナルバレックの姿があった。

丁度母乳を飲ませているらしく、赤子は母親の乳を無心に吸っている。

それを慈愛に満ちた視線で見つめるナルバレック。

何処をどう見てもそこに移る彼女は完璧な慈母そのもの。

埋葬機関を率いる冷酷非情の局長の面影など欠片も存在しない。

『・・・・・・』

その写真に全員無口となる。

「エレイシア、これ合成写真じゃないでしょうね?」

とてつもなくひどい事をアルクェイドが口にする。

「間違いなく本物です。現に私が同席しました」

「本当なんだ・・・」

「驚いたわね志貴・・・って?志貴?」

アルクェイドの視線の先・・・志貴は完全に硬直していた。

心なしか顔色も極めて悪い。

「志貴ちゃん?どうしたの?」

「へっ?・・・あっ、ああ・・・」

「ああじゃありません。兄さんもしかしてお疲れなのですか?」

「い、いやそうじゃない・・・そうじゃないんだ・・・ただ・・・そう、あの人がお子さんを産んだと知って呆然としただけだから・・・」

心配顔の秋葉に引き攣った笑みを浮かべて呟く様にそんな事を言う志貴であったが、その内心は極めて穏やかではなかった。

(まさか・・・出産したのが今年初めなのだとしたら・・・間違いなく時間は合うが・・・だけど・・・)

そんな志貴の内心の苦悩を他所に

「確かに志貴も驚くわよ」

「そうね。志貴とあの陰険おばんとは因縁ありすぎるから」

「それはそうとエレイシア、この子の父親は誰なの?」

「それが・・・父親については何一つ話そうとしないんです。彼女の実家でも問題になったようですが間違いなく自分の息子だの一点張りで・・・口の悪い奴の中には何処の馬の骨とも知れない男にナルバレックが強姦されてその際に産まれた子供だと噂し合っています。同じ女性として極めて不愉快な噂ですが」

「それについては同意するわ。いくら陰険冷酷で思いっきり嫌な奴でも、その噂はしちゃいけない類のものよ」

青子の苛立ち気味の言葉に他の女性陣も頷く。

と、そこへ・・・

「シスターシエル」

眼鏡をかけた強面の男がやって来た。

「?ダウンどうしましたか?」

「ええ、『真なる死神』はまだこちらにいますか?」

「ええいますが・・・ああ志貴君紹介が遅れました。彼はダウン、本名は・・・少々事情があって不明なのですが、埋葬機関の暫定第六位です」

「は、はあ・・・どうも初めまして」

「初めまして、丁度良かった。『真なる死神』、申し訳ありませんが局長がお呼びです」









『闇千年城』で南侵軍の報告を受け取った『六王権』は慌てもせず当然とばかりに一つ頷く。

「・・・遂に動き出したか・・・『陰』・・・『影』、直ぐに南侵軍に伝えよ。被害の数は問わん。イタリアに攻勢を掛け続け、奴をイタリアに足止めさせよ」

「足止めですか?陛下」

「そうだ。その間に残りの軍の侵攻を早めさせる。近い内にイタリアを守るだけにするのか、他を守る為にイタリアを捨てるか・・・その決断を下さねばならなくなるが、その間だけでも奴を足止めできるなら安い被害だ。被害の数によっては侵攻軍に配置していない死者も南侵軍に振り分ける」

「御意」

一礼し直ぐに勅令を伝えようとした『影』だったがその足を止める。

「・・・!!」

『ダブルフェイス』から新たな報告がもたらされた。

それは戦略を更に練り直さなければならない程の深刻なものだった。

「陛下!!西侵軍より緊急事態です!」

「どうした」

「イギリスに侵攻を仕掛けた部隊が壊滅的被害を受けたとの事です!!」

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